本稿では、独和軍隊用語辞典4種を取り上げ、各辞典の序文の分析及び辞典同士の影響関係、また『五国対照兵語字書』からの影響について考察を行なった。まとめると、以下のとおりである。
まず序文の分析によって各辞典の刊行に至った経緯、当時の軍隊の状況などが知りえた。つまり、当時世界最強というドイツ軍隊の位相、辞典の編纂にかかった時間、辞典の編纂に当たって参考とした資料、ドイツ語関連の辞典が少ない理由、軍隊用語辞典の編者が一般人も視野に入れていることが明らかになった。
4種の独和軍隊用語辞典間の影響関係を調べてみたところ、①、②、③、④辞典の訳語が完全一致するのは、357原語のうち160語(44.8%)である。つまり①辞典の訳語の半分近くが②、③、④辞典へ影響を与えていたことになる。①辞典は最初の独和軍隊用語辞典という辞書史的意義のほかに、訳語の非定着期である明治20年代の辞典として後続する辞典への影響力がかなり大きかったといえよう。
『五国対照兵語字書』と独和軍隊用語辞典類との間で、原語の確認ができた80語を対象に、一致する訳語を調べてみたところ、『五国対照兵語字書』の訳語のうち35語は独和軍隊用語辞典類へ影響を与えていることがわかった。