宇治十帖の薫と浮舟における、道心を抱く男と出家した女の物語は後期物語においてもさらに語り継がれた。本論文は、薫を受け継ぐ『狭衣物語』の狭衣と彼のために出家した女二宮の関係を道心を抱く男と出家した女の物語として読み直そうとするものである。
『狭衣物語』は、『源氏物語』に次ぐ名作として後世の多くの人に絶賛された物語である。狭衣と複数の女性たちとの関係についても多様な研究がなされ、中でも女二宮との関係については多数の研究者が注目してきた。しかし、薫を受け継ぐ人物としての狭衣と、彼の道心に関係する出家した女性としての女二宮、の物語を『源氏物語』の宇治十帖以来繰り返されてきた一つの話型として捉える研究はまだ十分に行われてこなかったように思われる。本稿では、狭衣と女二宮の関係を道心の男と出家した女の物語として読み直すことにより従来の女二宮に関する読みに一つの新しい手がかりを提示したいと思う。
そのために、狭衣の出家願望を源氏の宮と女二宮の関係に求め、二人の女性が狭衣の道心と関わっていくあり方を明らかにした。二人の女性は「山のあなた」や「絆し」といった象徴的なことばによって表現され、いずれも狭衣の出家願望を促したり、現世に対する思いを強くさせる存在であった。狭衣における恋の悩みは、彼の現実執着と厭世への思いに同時に関わっていたのである。女二宮は、狭衣のために出家し、出家した後にも狭衣の愛執の存在になるが、出家を起点に、自分の意思を押し通し、狭衣の愛執やわが子との因縁にも振り回されず、ひたすら修行に励む強い女性へと変わっていく。しかし、彼女の残した7首の独泳ならぬ独泳には高貴な女性としての強靭さの底に隠されている女性としての悲哀や悲しさが歌い込まれていた。
『狭衣物語』は、女人往生の難しさがいわれ、女性は罪深い愛執の存在という観念が強く根付いていた時代に、道心を抱く男と出家した女性の関係を対比的に語ることにより、女性の存在性と人間の愛執を克明に提示した物語と言えよう。