一九五〇年の敗戦は日本が大きく変わり、皇軍であった軍人は捕虜となり、皇国臣民であった国民は敗戦国民となった。侵略戦争を遂行した日本は戦争の責任を放置したまま「戦後」を迎えた。
そんななか、大岡昇平は初期の戦争小説で「戦後」文壇を代表する作家として位置づけられるようになった。大岡は人気作家という位置に止まらず、「厖大な情報の収集、事実の正確な認識への疑いぶかい深策、新しい事象への好奇心、たえざる知的関心、判断のきびしさ」で歴史と時代を批評していく。彼のこのような批評意識は井上靖の歴史小説『蒼い狼』をめぐってなされた「『蒼い狼』論争」で確認することができる。
本稿では、「『蒼い狼』論争」を通じて、大岡の時代認識と批評意識を分析し、「戦後」文学作家としての大岡の位置を考察し、歴史小説における「戦後」意識の一端を捉え直してみた。