日本の棄老說話は流布性が高く, 文獻說話集を始め, 昔話·傳說として日本各地に傳わっている. 本論文は, 日本におけるいわゆる難題型棄老說話の由來と傳承過程の分析·檢討を通して, 日本の大陸文化の受け取り方を追究してみたものである. 棄老說話は印度を源流に世界各地に傳播している. 『昔話·傳說必携』が指摘しているごとく, 將來の硏究は, 世界的比較からの, 本說話の背景の解明が望まれている. また日本の場合, 佛敎乃至佛敎說話の大部分が中國, 韓國を經由して傳わったことを考えてみると, 中國, 韓國を經由しながらおこった變容もまた無視するわけにはいかない. 本論文ではこういう硏究狀況を考慮し, 中國の韓譯佛典と韓國の高麗葬說話との關聯性も檢討してみた. 檢討してみた結果, 棄老說話は日本に傳播され, あたかも日本で生成した話のように變化していった. いいかえれば, それは日本の風土に合うように變化していったのである. このように, 本說話が日本民衆に深く浸透した原因としては, まず難題という本說話の題材のおもしろさが擧げれる. また擧げるべきは, 本說話が孝養の功德譚として一種の佛國土意識と深く關わっていたことである. 一方, 韓國の高麗葬說話と對比してみると, 平安期の文獻に登場する70歲とい う棄老年齡は韓國の民間傳承から影響を受けたものと推定される. したがって, 韓國の高麗葬說話の生成も70歲という棄老年齡とどうも關わっているようである. 要するに, 70歲の棄老, 卽ち $lt;古稀藏$gt;, あるいは「人間七十古來稀」の$lt;古來藏$gt;が訛傳され, 今の $lt;高麗葬$gt;に變化したものと論者は推定するのである.