リルケの戱曲『das tagliche Leben』の飜譯である『家常茶飯』(1909年)は, 日本で最初のリルケの飜譯という歷史的意義を持っている作品である. 當時, 日本はおろかヨ-ロッパにおいてさえ無名に近かったリルケの作品, しかも本國ドイツで失敗作と見なされた作品を鷗外は飜譯したわけであるが, 鷗外が注目したのはほかでもなく新鮮で獨特なリルケの思想であった. 『家常茶飯』には「因襲の外の關係」として孝を行なっている獻身的な女性像が描かれているが, リルケの思想は正にこの女性像によってよく代弁それている. ニ-チェやイブセン流の自己本位的な近代思想が時代を風靡していた明治40年代當時, 倫理的秩序の崩壞現象を憂慮していた古典主義者鷗外にとって, 同じ西歐の近代思想でありながら, 「因襲の外の關係」として獻身と秩序を尊ぶリルケの思想は大きな發見であり, 慰めであった.